携帯小説『金木犀』

恋愛ものの小説(フィクション・ノンフィクション)や、時事コラムなどを思いついた時に書いてます!お時間あれば時間潰しになればと思っております!

STORY5 脱却と幸福のサプリメント

STORY5 脱却と幸福のサプリメント




クラックションの音で更に落胆した俺は…。


しばらく運転席でボッーとしていた。

濡れた服は、フロントガラスを徐々に曇らせていった。

フラワーのマスターの所へ行こうか…。

行きつけのスナックのママの所へ行こうか…。

それとも那須の山へドライブにでも行こうか…。


沢山の選択肢が頭に少しずつ浮かんできたが、どれも選択せずアパートに帰ろうと車を走らせようとした。


あの頃…。

俺は落ち込むと、八割方誰かに助けを求めていたっけ…。


自分に自信がない上に、他人に答えを求め、悲劇のヒロインを演じる。

そう…。心に大きな傷を負ったヒロイン役を。

更にその他人には、心療内科医の役を熱演してもらうのだ。


そして最後に、同情と共感という名のサプリメントを処方してもらう。


起こってしまった現実から常に逃げ惑い、答えは他人が出してくれるものだと信じきり、自分にとって居心地のいい場所ばかり探していたっけ…。







突然携帯がなる。




「おぉっ!久しぶりっ!元気してやってるかぁ?」


電話は、宇都宮でDJ活動をしていたアーティスト名『K_NUZ』さんだった。

「あっ!お疲れ様ですっ!なかなか最近顔出せなくてすいません。」

「いやいやっ!忙しいんだろぉって思ってよ!ところでよ!今日これから黒磯のライブハウスでDJイベントやるから、遊びに来いよなぁ!」


「あっ!ほんとっすかっ?何時からですかね?」

「俺は20時から回すから!」

「んぢゃぁ!19時半頃行きますよ!」

「おぉっ!宜しくなっ!」



ふと、時計を見ると既に18時半を回っていた。

俺はどれだけの時間を車の中で落胆していたのか…。




雨脚は更に強くなる一方。


方向指示器を右に出し、大雨の中、黒磯方面へ車を走らせた。




ライブハウスに着くと、重低音が外まで漏れていた。


土砂降りの雨のせいか、人気はあまり感じられず、少し寂しいライブを予想して、ライブハウスの階段を降りた。

階段を降りきったところにチケットの販売スタッフが立っていた。


「1ドリンク付きで、2000円になります!」


俺がスタッフにお金を渡そうとすると、スタッフルームの奥から俺の名前を呼ぶ声がする。


「おぉっ!ケイタ!久しぶりだなっ!」

「お疲れっす!NUZさん!」

軽く会釈も交え挨拶。


NUZさんは、俺がDJを始めたきっかけになった人でもあり、DJの師匠でもあった。
勿論DJ以外の事でも人生相談に乗ってもらったり、感謝しても仕切れない人物だった。


「ケイタ!ちょっとこっち来てみっ!」

NUZさんは、俺の肩を叩いて、VIPルームへと通してくれた。


「これ凄いだろっ!やっと手に入れたんだわっ!」


プレミアのレコードを手に誇らしげそうなNUZさん。


「うわっ!すげっすねっ!」

「ちょっと、回してくか?」

「いやいやっ!悪いっすよ!」

「そぉーかぁ…。しっかしっ!ケイタ久々に会ったのに元気ねぇなぁ?」

「いやいや…そんなことないっすよ!」

「女にでもふられたかぁ?」

爆笑するNUZさん。

何も言えずNUZさんの顔を見つめる俺。


「ケイタ!少しツラ貸せっ!」

NUZさんと、俺はライブハウスに併設してあるBARへ向かった。


「どーしたっ…?」

「いや…ちょっと女のことで…。」

「なーんだ!お前もっと早く言えよ!」

「いやっ!ライブの雰囲気壊すと悪いと思ったんで…。」




NUZさんは、派手なDJパフォーマンスでフロアを沸かせ、BARに戻ってきてくれた。

「NUZさん!やっぱすげぇっすね!またテクニック教えて下さいよ!」


「まぁまぁ!こんなの朝飯前だって!それより話してみぃっ!」

俺の肩を組んでBARのカウンター席へ。

「ケイタ!ドリンクは?」

「俺車なんで、烏龍茶でだいじょぶっすよ!」

「そぉかぁ…。じゃぁ俺はジーマ一つ!あと烏龍茶!」



小一時間程、夕方に起こった事実を黙って聞いてくれたっけ…。


「お前そんな小ちゃい事で悩んでどぉすんだ…。外国じゃハグなんて当たり前だべや!その女の子達、どっちを取るかは、ケイタ次第だけど、思いをブチまけて来いよ!」

タバコの煙を一つ吐いて、すかさずNUZさん。

「悩んでたって、どっちもダメにする可能性の方が高いべ!このレコードみたいに、手のひらで女を転がすぐらい恋愛上手になってみんのも悪かねーぞ!」

先ほど回していたレコードを手に取り見つめるNUZさん。

そのレコードのジャケットには、ビキニ姿の女性が描かれており、英語のタイトル名は「あの女を落とせ!」という意味だった。

「あっ!逆に言ったら、それだけ男として余裕がある人間になれっかもなぁ!お前だって、好きな曲を自分で選んで構成していくだろ?一つ一つは、アーティストの曲だけど、DJでつなげれば一応お前の作品になってんべよ!それを女にも応用するんだって!サイコーの女を選んで好きになって、自分の作品に仕上げていくのよ!これっ!お前!やっべーぞ!俺いい事言ったわ!」


NUZさんは、少し酔っ払っていた。

少しうつむき加減に、NUZさんをチラチラと見ながら話を聞く俺。

アドバイスの最後の方は、無理矢理DJにこじ付けた感じと、女遊びが上手なお兄さんに見えたが、妙に説得力があったっけ…。



烏龍茶で我慢していた俺は、NUZさんが忙しくなってきたところを見計らいライブハウスを後にした。




メールで申し訳ないと思ったが、感謝の一言を一通送り、車をアパートへと走らせた。



やはり、NUZさんは俺より生きてきた年数も多いし、人生経験も豊富で、余裕がある男に見えて羨ましかった。

運転中、NUZさんの自信に満ち溢れた表情と言葉が何度も頭に蘇る。


(NUZさん…そんな簡単に行かないっすよ!DJと女はまた別っすよ!)

独り言が増えていたっけ…。







夕立がやんだ、夜の22時頃。






一人バーボンの一種、I.Wハーパーのロックを飲んでた。


気を紛らわすために、ラウンジミュージックや、ジャズを低音でかけていた。
間接照明一つだけつけて、随分暗い部屋だったと思う。




携帯を手に取り、メールBOXを確認するが、誰からも受信はなかった。


仕方なくレコードの通販サイトをサーフィンする。



(だいたい…今日あんな事があって二人からメールなんてくるわけねーよなぁ…)

独り言と溜息ばかりが増える。


関節照明、独り言と溜息、そしてタバコ、ウィスキーグラス。

毎度のごとく、この五点セットは、落ち込んだ時に自動的に注文される感傷に浸る為のセットメニューなのだ。
運ばれてくるメインメニューは言わずもがなだが。

勿論、処方してもらったサプリメントなんて効き目が薄くなり、ただの気休めにしかならない。



俺は、寂しさ、悔しさを紛らわす為に、着信履歴から相棒の番号を探した。

「わりぃなぁー。遅くに。何してんだぁ?」


電話先では、ガヤガヤと酒飲みのコールが聞こえた。



相棒は泥酔していた。

サークルの先輩たちとの飲み会だったのだ。

「おーぃっ!もしもーし!なーんだ!お前どーせ、飲んでんだべ?わりぃなぁ。またでいいよ!」

俺の力無い声を察してくれたのか、相棒は

「あー。聞こえてるって!まだ飲んでっけど。でも、お前それ、何か絶対あったんだっぺ!!」

相棒はそういうところが優しい。

だいたいは、言わなくても気づいてくれる。

三ヶ月以上も一緒にバカをやってきた相棒…。

「いやぁ、べつに、いいって!またで大丈夫だって」

と俺は返す。

「あーそぉ?また、そのうちなぁ。なんかあったら言えよっ!」

と相棒。



しばらく俺は一人で飲み続けた。

深夜も1時頃。


玄関ベルが二回乱雑に鳴る。


ピーンポーン!ピーンポーン!







関節照明を先ほどよりそっと暗くして、忍び足で玄関へ向かい、恐る恐る、覗き穴に瞳を近づける。








なぜか真っ暗で見えない。








指で覗き穴を塞いでいるのだ。

だいたい、こういう事をする奴は決まっている。

仕方なく鍵を開けた。


「ちぃっすー!」

相棒だった。

「お前!酒臭さっ!」

「はぁ?ケイタも同んなじだべよ!ほらっ!早く入った入った!」

「お前、ここ俺んちだぞぉ!」

「おー!何かいいもん飲んでんじゃん!?」

俺は大きくため息をついた。

(こんな遅くに!)

と怒りもあったが、なぜか安心した。

やっと一人でいる孤独感、絶望感から脱却できる。


新しいサプリメントがやっと運ばれてきた。

そう思ったっけ…。



相棒はかなり泥酔していたが、更に俺に付き合ってくれた。


なかなか口を割らない俺に相棒は催促することもなく、

「言いたくなったら言えばいいっぺよ!」

と、慰めてくれた。


「なんか、お前んち暑くねぇ?しかも、酒くせっ!」


「エアコンかければいいべよ!しかも酒くせぇのは、泥酔者がこの空間に2人もいっからだべよ!」



表情も言葉もすっかり、ボトムまで落ちている俺に、当時流行っていたモノマネを次から次へと繰り出す相棒。

芸人を目指した方がいいと思う程、引出しが多かったっけ。



「お前!それこないだ!やってたけど、ぜんっぜん似てねーしっ!」

「うっせぇよっ!今は酔っ払いだから、冴えねぇだけだって!」


ほぼ無理矢理に近かったが、そんな相棒を見ていて笑わざるを得なかった。

アパートには今日一番の笑い声がこだまする。



と、突然。


五分ぐらいだろうか静かな空間が作り出される。


笑い声は一瞬にして消え去り、相棒は首を前にうな垂れている。

ひゃっくりを伴わせて。






「んで…。どした?ケイタ?」







「なぁー?俺よ!やっぱまりえちゃん好きだわ!」

「はぁ?何だそれ?しかも今更そんなこと?付き合ってんじゃねーの?俺はそー思ってたけど」

「違ーよ!付き合ってもいねーし、まだ思いも伝えてない」

「ふーん。んで?」

「いや、今日よ!めっちゃ夕立ひどかったべ?講義終わってから俺、車で一服してたのよ。んでカズサがなぜか俺の車に乗り込んできたのよ!自分の車が隣にあるのにもかかわらず!」

「ふーん。んで?」

「車内にあったハンドタオル貸してやったんだけど、あいついきなり泣き出してよ!軽くハグしたのな!それをまりえちゃんに、たまたま見られちゃってよ。」

「はぁっー?!お前、まーたくだらねー事してたの?」

「違ーよ!カズサがさぁ!前に、俺とまりえちゃんを応援するって言ってたのよ!」

「はぁっ?いつ?」

「いや!この前!けど、今日に限っては、私にはチャンスがもぅないのかなぁとか言われて。入り込む隙間がなかったんだったら、私に優しい言葉とか居場所なんていらないからって、大泣きされて、それで抱きしめたところをまりえちゃんに見られちゃったのよ。情けねーよなぁ…。」


「あーぁー…。そーいうことね。だいたい駐車場で、どぉしたら、そんなシチュエーションができるんだか俺には理解できねーけどなぁ…。そーいうのは、お前のアパートで話せばいいのに。んで、ほんとの気持ちってどぉなのよ?」


「だから!さっきから言ってんべ?」

「いや!お前が言ってんのはわかってんだけど、お前なんで、そこでカズサを抱きしめた?普通に話すだけで良かったべぇ?」

相棒の言ってることは、本当に理解していた。

「それが…。俺はカズサに対しての特別な気持ちはねーよ!でも、最近カズサ、俺らのグループにいねーべ?俺はまりえちゃんと2人だし、お前もレミと一緒だべ!居辛くなったんだろうなぁって…なんか泣いてるカズサ見ていて、悪かったなぁって思って…。」

と俺。


「まぁ…カズサだけ1人浮いてるもなぁ…5人は面倒だなぁ…。」


「5人が面倒って言う話じゃなくてよ…。お前だって、レミと2人で居るんだから、カズサが入り込む隙間はねぇって事だべ!カズサは、入学してからずっと一緒にいた仲間だべした!そんな感情が混じって、慰めのハグだったんだって!」

「まぁなぁ!でも、カズサが入り込む隙間って、お前とまりえちゃんの間だと思うけど…。」


「あー…。ほんっと!めんどくせぇ!」

「まぁ…。でもあいつ自分から遠ざかっていったっぺよ!」


「おーぃー!言ってんなよぉ!!!お前カズサ可哀想だろっ!仲間だべ!」

「あー…そだなぁ…。まぁ…。起こってしまったことは、しゃーねーべ!ただ、お前が今するべきことは、今すぐまりえちゃんのアパート言って、勘違いを払拭することだなぁ。カズサは後でどぉにかすっぺよ!多分なぁ!ここ、数日のお前らの行動とか見てっとなぁ、まりえちゃんは、お前を好きだぞ。」


その言葉で、すごく吹っ切れた。


飲みかけのウィスキーグラスをテーブルに置いて、携帯を握りしめた。


「わりぃ!行ってくるわ!」



俺は相棒の言葉を抱き締め、思いっきり走った。まりえちゃんのアパートに。


走る内に、酔いが覚めるような感じもした。

まりえちゃんのアパートに着くと、午前二時を回っていたから電気は消えてた。


起こすのも悪いと思ったけど、咄嗟に携帯で

(話したいことある。夜遅くゴメンね。今アパートの下にいる。)

とメールを送った。





無常にも時間は進む。

携帯のメールBOXを何度も確認した。



10分過ぎた頃。




諦めて帰ろうと思った。タバコもアパートに忘れてきていたから、車輪止めに座って空を見上げていた。



夕方の豪雨が嘘だったかのように、空には満点の星空。











突然のメール。





「いつまで、駐車場にいるの?早く上がってきたら!」

まりえちゃんだった。

嬉しい気持ちより、謝罪の気持ちとか、なんて言い訳しようか考えていた。




ガチャ。




「夜遅くにゴメンなぁ」



「うーうん。上がって。きたないけど」

しばらく会話もなく、無音状態。
まりえちゃんは、スウェット姿だった。

「てか、ごめんね。こんな格好で。」

まりえちゃんのスウェット姿は、新鮮だった。

それ以上に、緊張感が立ち込め、昨日の事実をなんて言い訳しようか、卑怯なことばかり考えてた。


五分くらいだろうか、どちらからも会話は発されず。




「あんなぁー?」と俺。
同時に、

「私ねぇ」とまりえちゃん。

「先いいよ、言って」と俺。

「いや、そちらこそ」とまりえちゃん。





また三分程、無音状態。


「俺まりえちゃんが、まりえちゃんが、この際言うけど、まりえちゃんが」

その先の言葉がなかなか出なかった。

「なーにぃ?重要なこと?言いたい事あるんなら早く言ってよ!」

とまりえちゃん。


「俺な!ほんとにまりえちゃんが好きで、好きで、この先一緒に歩んで欲しいのな!今日の夕方は違う!言い訳かもしんないけど、カズサは俺の仲間だから!俺はまりえちゃんだけを好きなんだ!できればその笑顔をずっと見ていたい。泣きたい時は一緒に泣くし、まりえちゃんが幸せって思えるようなこと、いっつも考えていたい、それが、俺の最高の幸せなんだと思うのなっ!」

続けざまに、

「俺は、彼氏になっても、他人にそんな自慢できる男じゃないけど、ただ、まりえちゃんの中では、自慢の男でありたい。」

ダムが決壊したかのように、まりえちゃんに思いを伝えた。


「ほんとぉ?」

まりえちゃんの目から、一粒の涙が光った。

「ねぇ?今の言葉、受け止めてもいいの?」

「俺の気持ちはずっと変わらないし、本気だよ!」

「私ね、ずっとケイタのこと好きだったよ!初めて会った時から、写真機の前から。私さぁ…今までこんなに積極的に進めない子だったし、自信もなくて…大学入ったときは、お洒落とか、綺麗になりたいとかさえもなくて。あ!それから、眼鏡もかけてたし、髪の毛も、何もかも。けど、カンボジア行ってる時も、どんな時だって、ケイタを忘れられなかった。カンボジアから、帰ってきてすぐね、コンタクトにもしたし、美容室にも行ったの。それで、少し積極的になれた。だから私からも、これから何歳までいれるかわからないけど、笑ったり、泣いたり、いつどんなときでも一緒にいてね?」


涙が出るぐらい嬉しかったっけ…。

逆に、こんなに思ってくれてた彼女に、カズサとの勘違いを見せてしまった。自分を戒めた。だからこそ、自信を持って決着の言葉を心から伝えたかった。



「絶対幸せにすっから!」

「こちらこそ、宜しくお願いします。」



いつの間にか、俺を呼び捨てで話すまりえちゃん。

告白の言葉を伝えた後からは、俺も、まりえって呼び捨てになっていた。

しばらく、手を握り合って、恥ずかしながら目を見つめあって。笑って。なぜか、まりえは安堵感からか泣き出して、そしてまた笑って。
座りながら抱き合った。




「まりえ…ほんとありがとっ!今日は遅いから帰るよ!ごめんなぁ…こんな遅くになぁ…」

アパートの玄関先まで歩く俺。

すかさず、まりえは追いかけてきて、

「ねーねー?明日からは彼氏と彼女だね。何か不思議だねぇ…。おやすみぃ。気をつけてね」


「うん。鍵ちゃんと閉めて寝なよ。」

帰り道、凄く晴れやかな気持ちで歩いてた。

アパートに着くと、相棒はハーパーの瓶を全部開けて、爆睡してた。

小さい声で、「ありがとなっ!俺、お前居なかったら、まりえと付き合ってなかったかもな」

ってお礼を言った。


同情と共感のサプリメントばかりに、頼っていた過去の俺。

過去の自分から脱却し、伝えねばならない人に、心からの思いを本気で伝えることができた俺。

正にまりえと一緒に作り出した幸福のサプリメントだった。





金木犀の花が膨らんだ頃だったっけ…。

まだ、金木犀の香りはしない。