携帯小説『金木犀』

恋愛ものの小説(フィクション・ノンフィクション)や、時事コラムなどを思いついた時に書いてます!お時間あれば時間潰しになればと思っております!

金木犀『〜君と一緒に駆け抜けた夏〜』

金木犀

『〜君と一緒に駆け抜けた夏〜』





作:KEITA




プロローグ






君と俺、あの夏から二人の時は止まったまま。



この写真立ての中で。



永遠に取り戻せない二人の過去に、鍵をなくした南京錠がかかっている。

いつからか、この南京錠の鍵を探すのもやめてしまった。






ガタンゴトン!ガタンゴトン!


ファァーン!!!

甲高い電車の通過音。



私鉄沿線沿いのアパート。



ベッド脇のカーテンからこぼれる日差し。

いつもより起きる時間が二時間程早い。

毎日の多忙さ、疲れていても眠れない日々。
休みの日でも、一度起きたら二度寝がなかなかできない。

この数々のストレスに苛立ちが込めてタバコを手に取った。


スルッとタバコが手から落ち、タバコの箱が足の爪先に当たり、TV台の奥に入り込んだ。

「チッ!めんどくせぇなぁ!」


TV台の奥に手を伸ばしタバコを取ると、タバコの横に埃まみれになった一枚の写真が見える。



「なんで今さら…。」


あの頃の六人が笑っていた。

「みんな、今頃なにしてんだべなぁ…。俺だけだわぁ…。こんな生活…。」


そっと埃を払い、TV台の上に置いた。




写真立てに日差しが反射して、俺の目を突き刺す。




カチッ!カチッ!




フゥッ〜。

タバコの煙が、少し淀んだ部屋の空気に少しずつ馴染んでいく。


タバコを吸いながら一呼吸。

昨夜見ていた夢の一コマを思い出す。


「なんか…今頃あいつの夢見るって…。」
心の中で呟いた。


「ハァー…。」


大きくため息をついて、ふとTV台の上の南京錠がかかった写真を手にする。

気づかぬうちにタバコがフィルターギリギリまで燃え尽きていた。


既に付いてもいないタバコの吸殻を、無理矢理灰皿にもみ消した。


気づけば、もう七年の歳月が経った。

ふとした瞬間に思い出す二人の過去。



二人の時は止まったままだが、七年の歳月は、この木を大きく成長させた。

ただ、当の俺は成長できているのか…。
今の俺には分からない。

そして…。

君と俺が過ごした街はずっと遠くに。

二人の思い出は歳月が経つごとに美化され、遠ざかっていく。

金木犀の匂いが本当に素敵な街だったっけ…。

今じゃ、まるで金木犀の木が一本だけ立つ独島が、手を伸ばすごとに遠ざかっていくみたいだ。

素敵な思い出も匂いだけを残して。

君と、俺達を会わせてくれた思い出の木。



金木犀…。


俺にとっては、いつどの時も、気づけば近くに存在していた。


今、君はどこにいるの?
まだ、あの遠くの街にいるの?
それとも、俺の今住んでる街にいるの?


俺の心の中では、ずっと生き続けているから…。

そして、俺はこの街で、君も大好きだった俺の故郷で、頑張っているから。



そーいや、この前不思議な体験をしたよ。



もぉ、君に会えるなんて絶対あり得ないけど…。

君に本当に似ていて…。

心の奥底から懐かしくて、昔の君と話しているみたいだった。

何か自分の中で固まっていた淀みが少しずつ動き出し、吐き出されて行く様な感覚を覚えた。



合コンでの一コマだったけど、他のメンバー放っておいて会話に明け暮れたよ…。

君と同じ様に、はしゃぐのが好きで笑顔が素敵だった。


結果は?

……。


それ、聞くの?
上手く行くわけないでしょ?


こんな会話を妄想する。

もうこの世に存在さえしない君を、目の前にいると仮定して。






君は今空の上でしょ?

でも…。

「ずっと一緒」ってあの時の約束…。

また俺の前に現れてくれたんでしょ?

俺は今もう一人の君にあって、何か動き出せそうだから。

九年前の君との出会いから、はるか時空を超えて、俺の中の何かが震えた。






STORY1

『キャンパスライフ、始まり』






あれから時が止まってるみたいだ。


数年前に君と歩いた時間、場所、そして金木犀の甘い香り。

彼女は運命の人じゃなかったのか…。

おはよう、おやすみ、お疲れ、時に乾杯。

こんなありふれた言葉の中に、幸せが垣間見れる事は、人生で何度も起こり得る。

何気ない「おやすみ!」の四文字でも、新婚夫婦が使う言葉と、熟年夫婦が使うのでは、ニュアンスが異なる場合もある。

新婚夫婦では、「おやすみ!」の言葉の中に、愛がコンコンと湧き出ている情景が想像できる。

熟年夫婦の場合…。

「おやすみ!」の言葉さえ消滅してしまった夫婦もいれば、連れ添って30年経っても変わらずの愛が、そこには存在する場合もある。

要は、人間と人間の間柄は、感情とか、相手を思いやる気持ち次第で様々な方向に転がり続けるのだと思う。


もしかすると、一つ一つの家庭ごとに、こんな会話なんて日常にありふれた一コマに過ぎないかもしれない…。

ただ、ありふれた一コマ、その中に幸福を見出す事自体、君と俺の間ではこの先皆無なのだ。





当時…。

俺好みの洋服を着てくれて、なるべく俺が好きなこととか、好きな場所とか、ほんとに心はいっつも一緒だと思っていた。


「ねぇこれは?

似合ってる?

これ好きでしょ?

こんな場所好き?」


っていっつも、俺のことばっかり考えて、合わせてくれていた君。

いっつも、とびっきりの笑顔。

いっつも、自分の事はあと回し。


どこか無理してるのかと思うと、いきなり泣き出す。泣くと、でっかい瞳が溢れんばかりの涙でくすんで。


そして、二人の仲は壊れたり修復したり。

壊して修復して…。

修復しては壊して…。


これが男である俺の、彼女に対しての甘えだったのかもしれない。

喧嘩したときは、

「いっつも勝手じゃん?」

って君は言ってたっけ…。


初めてそこで彼女の心に気づく。


傷つけてばっかりだった…。






やっぱり彼女は無理をしていたのか?

いや、そうではない…。

「あの時」から、これで良かったんじゃないかって、自問自答の繰り返しの日々。

けど、これだけは言えるのが、当時半端もんの若い俺に、幸せな時間の贈り物を、神様はくれたと思う。


今も「あの季節」になれば、戻ってくる君の気配と金木犀の香り…。


少し立ち止まっては、後ろ(人生)を振り返り、「あの季節」が俺を一歩ずつ前(未来)へと進ませてくれている。






そう…。あれは9年前。


君と初めて会ったのは、どこでだっけ…。

大学のカフェテリアで、ボッサボッサの長い髪に、まーるい眼鏡。一人でテーブルに向かい、社会福祉学やっていたっけ…。

俺はというと、缶コーヒーとタバコ、そして男友達との適当な会話。
そして今日はどこの学科の女の子と飲むかの作戦。





「よぉっー!おはよーさん!昨日はお疲れなぁ!」

「いやいやぁ〜!こちらこそ!」
カサカサの声で返答する俺。

「なぁ!早速なんだけど、今日飲むべよ!」


「はぁー?!お前ここんところ、毎日酒飲みじゃん?肝臓やられんじゃねーのぉ?つーか、たまには宇都宮の子たちとも組んでよなぁ?」
まだ、カサカサ声は治らない。


「いやぁー、そりゃ無理だべ!とりあえず、まずは学内から攻めねーとなぁ!」

「ピボット作ってからじゃねーと。まぁーそのうち、嫌でも情報は飛び込んでくんべよぉ!」

こんな声が、まだ仲間とは言えない友達の中で飛び交う。

入学式から数日しか経っていない、ただの友達同士の会話。

左から右に流して話を聞きつつ、俺にとって必要な情報だけは確実に拾う関係だったっけ。



結局、大学に行けば、こんな会話ばっかり。




そんな自分を着飾った大学生活。

毎日自分を作るために無理をし続け、遂には大学を辞めようとまで思っていた。


あの、写真機の前で君と偶然会うまでは。

当時の君を悪く言えば、今時もっとオシャレすればいいのに…。

暗いブスくらいに思っていた。

口が悪い女評論家とでも言っておこうか。



あの春。

あの時、君に会わなければ。そして俺と出会わなければ、君は今も暗いブスのままだったのだろうか?

それは大学三年の冬間近まで分からなかった。


入学して間も無く一ヶ月。桜の時期も終わり、風が五月病を運びかけていた。

毎年俺は五月になると堕落する。

ただでさえ、めんどくさがり屋なのに、さらに成長する。それは、今も治らない。

完全に持病だ。

「なぁ!ケイタ?今日の飲みはぁ?看護?福祉?どっちダァー!?できればよぉ!看護の方がいいなぁ!ナースの卵の方が、将来性ありそぉだし、何か燃えるわぁ!!」

「つーかよぉ!お前たまには、俺にセッティングしてくっちもいいべやぁ?俺ばっかりだべぇ!後片付けとか、空き缶の処理も。なーんか、めんどくせなぁ」

少し強めの口調で反論した俺。

女の子が参加しない飲みは、いつも汚れるのが決まってわかるから、掃除も軽めだった。



五月連休。



「帰ったわぁ!」

「お帰りー!ちょっと、歩きタバコは止めてよっ!」


実家に一ヶ月ぶりの帰郷。母ちゃんも親父も妹も寿司を買って待っていた。

酒もタバコも慣れた俺に、少し戸惑う妹、少し大人びた口調で「俺はなぁ!」って鼻が伸びていた。

少し悲しげな顔で母ちゃんは、頑張れよ!って言ってたっけ…。

「だいたいお前を飲みの為に、大学に出したわけじゃねーんだからなっ!それからそのタバコの量!」



親父には叱咤され、こんな実家しばらく来ないと思った。

夕飯も早々と、無言で自室に引き上げた。


今さら感じる。俺は大学に行って何をしたのか。学んだのか。

そして、あの春の彼女に出会って何が変わったのか。

俺の人生に光がさしたのか、もしくは、その先は暗闇だったのか?それは今でも分からない。

まだ、長く続く暗いトンネルの中なのか…。




連休中、一泊二日で実家を後にした。

途中高速のパーキングで缶コーヒーを買った。なぜか家族のことを考えて、考えれば考えるほど、親父の言うとおりだって思えた。

少し悲しい気持ちになったっけ…。

あの時代、徐々に分煙対策は講じられていて、喫煙者は駐車場の端に追いやられていた。


まさしく今の俺の様だ。

要らない、使い用のない人間は端に追いやられる。



吸いかけのタバコを無理矢理もみ消して、車に乗り込んだ。

携帯に受診メール。

「早く帰ってこいって?今日飲もうぜ!」

「あぁ!今帰ってっからよ!ちっと待ってろやぁ」

同じ学科の友達からだった。友達というか、それ以上のヤツ(男)。

この頃になると、俺にとってもかけがえのない友達が一人二人ぐらいはできていた。

俺の人生にも影響があった。いい意味でも悪い意味でも。それも俺の人生。一つ一つ埋め合わせてきたパズルのワンピースなんだと思う。

パーキングでの家族への懺悔(ザンゲ)も何のその、忘れたかのよう車を走らせる。楽しみと合間って、徐々にスピードもあがった。




「かんぱーい!」


実家での居苦しい環境から解き放たれた俺は、まさしく刑務所から出所した元囚人の様に開放感に浸る。

「連休もあっという間だなぁ!これから俺らの大学生活が始まるってわけよぉ!」

「まぁ、飲むべよ!てか、実家で誰かいい女の子見つけたのかよ?」

「バーカ!そんな話あったら、まっさきにお前に電話すっから。あるわけねーよ!あんな錆び付いた街でよ!まぁー、連休明けたら、また合コンする相手、サークルとかに顔だしてみつけよーぜぇ?」



室内には、どうでもいい男同士の会話と、麻雀牌のぶつかり合う音、そしてこのセリフ。

「はい!ロン!!!」

「お前!まーた負けた!」

「チッ!もぉ辞めようぜっ!」

「いーがら!飲めよ!お前負けても酒飲まねーのかよ!なんだったら、お前の分飲んじまうぞぉ!貧乏学生は黙って飲んだほうが得だべや!」

アパートの一室から常に笑い声は絶えなかった。


麻雀をしながら酒。しかも安い酒ばかり。酔うのも当たり前だった。

かける金も惜しむ俺らは、負けると罰ゲームで一気飲み。眞露と水を8対2で割ったり、大五郎を一気飲みさせたり…。
それしか楽しむ方法がなかった。
安い酒でも、飲めるだけまし…そうまで思っていた。

朝まで、安い焼酎を五本開けた。学生にとって、ビールなんて高級品だった。

最初の一杯だけ発泡酒

ビールに一番近くて、最上級を味わえる発泡酒で我慢していたっけ。

それでも同じ志を持った友達との飲み。

本当に楽しかった思い出が残り、二日酔いも当然残った日々だった。

案の定、次の日一限に遅刻する。酒も残り、眠気さえもを残して行く。


「なぁ…これやばくねぇ?完全に飲み過ぎだぞなぁ…」

と、トボトボ渡り廊下を歩く俺。


「やっぱダメだなぁ!麻雀やりながらは!ほんと飲みすぎる…。切りねーもぉ…」

一限は出席だけを出して、喫煙所。

缶コーヒーを買って、いつものくだらない会話の続きだ。

「おー!美織ちゃん!こないだの合コン!どーもぉ!あのさぁ!今日看護の子どぉにかならない?」

相変わらず俺の相棒は酒好きというか、女好きというか。さっき、飲み過ぎとか言ってたくせに。


「だいじょぶだって!こいつもくっからぁ!」

ソッポを向いてタバコを吸っていた俺の肩を、思い切り叩く相棒。


「はぁっ?聞いてねーしっ!」

「場所?こいつのアパートだからさぁ!」と勝手な相棒。


オイオイ。まーた俺のアパートかよ。片付けもしてねーわぁ。

一限から頭が痛い。

「そーいえばよぉ!おい!ケイタ!?話し聞いてんのかぁ?」

「んっ?合コンだろ?」

「学生課に証明写真だしたのかぁ?二枚らしいし、明日締め切りだってよ!期限まもんねーと、学生課のババアが、めんどくせぇってよ!」


「ふ〜ん。まぁ明日あたりやっからいいやぁ!」


「あっ!彼女のフリして催促の電話くるみてぇよ。履歴が全部学生課の番号で埋め尽くされる恐怖!」

と笑い転げる相棒。

女と酒の話から、どこをどう取ったら、その話に行くのか。

この相棒。大半は女と酒の話ばかりだが、たまに機転が利く時がある。


それだけは、相棒には感謝していた。

あの時、証明写真の話を振ってくれなかったら…。

どうなっていたのか…。


財布から600円出して、写真機の前に行くと、先客がいた。仕方なく待つと、二分ほどで空いた。

二日酔いのおじさんみたいな顔で写真を撮り、外で印刷を待つ。
すると真上のカフェ二階から、レジュメが一枚パラっと。拾って上を向くと、すっごく恥ずかしそうに、猛ダッシュで階段を降りてくる一人の女の子。


「あっ!これ。はい。」


レジュメを渡す。

何が書いてあるかは分からなかった。それ以上に真っ赤な顔で階段を駆け下りてくる女の子に俺は目が点。


すると、その女の子は、ありがとうも言わず、バシッとレジュメを取って過ぎ去った。


「なんだあいつ!感じ悪!」

と一人呟く。

その声は、届いていなかったが、階段を登る手前で、軽く会釈をしてきた。



あれ!?
どっかで?


勘違いかぁ…。






「どしたぁ?」と相棒。
「なんでもねー」と俺。

「早く3限出席取ってかえろーぜ!」

「飲み会!飲み会!合コン!合コン!彼女が百人できるかなぁ」

と鼻歌まじりでウキウキの相棒。

その前に昨日の片付けかぁ。先が思いやられる。

また、めんどくさがりが出ていた。
やはり、五月病のせいなのか…。



アパートに帰ると、昨日の残骸。酒の匂いはプンプン、空き缶は山の様だ。とりあえず、お香を焚いて、掃除機。

「空き缶捨ててこねーとなぁ。」

片付けの時は、独り言がやけに増える。

ゴミをまとめて、ゴミステーションに。





ガラガラ!


缶ビールや、缶酎ハイの空き缶が、50本程入った生臭いポリ袋を、背負い投げのごとく収集場に投げ入れる時程気持ちの良い事はない。

やっと部屋が片付いたという気持ちも相まって。


すると車が1台。


ファーンと甲高いクラックション。黒塗りのクラウン。

「よぉ〜!お兄さん元気?」

正直、絡まれたと思った。


相棒だった。

講義が終わってすぐ姿を消した相棒。

今日の合コンのために親父に借りてきた様だ。

「お前なんで、ドライブするわけでもねーのに車クラウンなんだよ?」

「買い出しに必要だっぺよ!」

出ました!栃木弁!そぉ、この街は、お笑いの「U◯工事」の育った街。

「いやっ!俺の車もあるし!しかも!買い出しつったって、歩いて五分じゃねーのかよ」

と呆れる俺。

「いや!レディに例え五分でも歩かせらんねーべよ!転んだら綺麗な綺麗な足に傷がつくべよ!」

と陽気な相棒。


こいつ完全にいかれてる。
てか、浮かれてる。
今日ブヨンセみたいな、ワタナ○ナオ○みたいなの来たらどうするのだか。責任は取りたくない。

「とりあえず、掃除手伝えよ!」


「わった!わっーた!」



大通りに目をたまたまやる。


一瞬時が止まったようだった。



日産の大衆車。
綺麗に磨いた黒の軽。


「あっ!」
思わず声を出してしまった。


写真機の。

レジュメの。


あんな車乗ってんだぁ。

前にどこかで会った様な…。

思い出せない。
しばらく歩道で立ち尽くした。

「おい!ケイター!なにしてんだよ?お前んち、オートロックかけてっぺよ!鍵あかねーぞ!」

「あっ!うん!今行くわぁ!」

車道を見つめボッーとする。


数秒後、我に返り、アパートの玄関方向に目を向ける。

「てか、やっべぇ!」

風でドアが閉まった上に、鍵を忘れてゴミ捨てに来ていた。

「やっちまったぁ!」


俺はこういう所が、いちいち抜けてる。

「大家から鍵借りてこねーと…。」




夕方六時。


日も最大限に長くなりかけたこの時期は、夕暮れの空気が素敵で、空の色合いも本当に綺麗だった。


とにかく今でもあの空、空気は覚えてる。

自分の愚かさとか、君の声とか。

もう過ぎてしまった過去を取り戻す能力があれば、五百万払ってでも欲しい。
だがそれ以上に、悲しい気持ちを通り越すと人は涙すらでなくなり、何故か笑えてくる。

別に楽しいわけでもない。感情が全くない、無感情な笑みだ。

笑おうとしてるわけでもない。何故か悲しみが無感情な笑みを運んでくる。

人間…。いや、男と女の過去や思い出は、プラスになるかマイナスになるかの両極端じゃないかと俺は思う。

「あの時は良かった…。」とか、

「あの人との付き合いは最低だった…。」とか。

自分にとって都合のいいわがまま人間にでもなってしまおうか
…。

ポジティブ全開人間に、もしなれたら…。

悪い事は全て葬り忘れ去って、これから起こる未来を良き方向ばかりに考えられる人間も悪くない…。

それを場面場面で、上手く操れる人間になれれば、現状から脱出できるかもしれない。






30分経過。


タバコばかり増える。灰皿はさっき捨てたばかりなのに、いっぱいだ。



「おせーなぁ」

「バックれらっちゃんじゃねーの?」

と大笑いする俺。

「おい!バーカ!俺のお姫様は今日必ず来っからぁ!」

この相棒の自信は何処からくるのか。分けて欲しいくらいだ。


(踊り続けさせてね!DJ!)
とmーfloのcome againの着信音。
と、とたんに

「きたー♪───O(≧∇≦)O────♪」と相棒。

何故に今さらこの着信音。


でもなぜか懐かしい。

俺が中学一年で確かに流行った。当時出たばかりの、16ミリマキシシングル。

耳にいつまでも残る曲は、時を刻んでも廃れない、いい曲ばかりだと思う。


「うん!うん!迎え?行く行く!どこ?」

こいつの合コン前の活力というか、行動力というか、これには呆れる。呆れると言うか、尊敬すらも見えてくる。






予定より小一時間遅れての開始。




「かんぱーい!はじめまして!」


合コンでいう、自己紹介。開始の儀式が始まった。
俺は儀式だと思う。
あまりにもめんどくさい。
名前を言って、学科を言って、次に、趣味。手順は決まってる。
次に性別でも言ったろうかとも思う。それは冗談だが。

二対三の合コン。合コンというか、俺からしたら、いつもの宅飲み。

新メンバーが三人増えただけだ。

しかも、俺が全て動かないとならない。酔っ払ってくると酷だ。

水割り作るのも俺、カクテルを冷蔵庫から持ってくるのも俺。
いっそうの事、勝手にして下さいと思う時がほとんどだった。

俺はカウンターキッチンに居座っていた方が手っ取り早いんじゃないかとも思えた。

だから店の方がいい。アパートも汚れない。酒はオーダーで持きてくれる。

ただ学生だから金はないし、収入源は週三日のバイト。

ギリギリの生活と、酒飲みの繰り返し。あの頃はメンバーで金を出し合い、アパートで飲む事が多かった。

酒を自粛すれば良かったのだが、毎日が人と人との新しい出会い。酒を酌み交わしては、新しい仲間ができて、一つ一つが大切な思い出となっていった。

飲まずにはいられなかったのだ…。


宅飲みコンは、それなりに盛り上がり、深夜2時くらいまで続いた。

「今日はありがとね。またのもーよ。アドレス交換しよ!」

「あいよぉ!赤外線ここだから!俺受信でいい?」





「またねぇ!」


相棒が寝てる中、二人の女の子とアドレスを交換した。

もう一人は、高校から続いている彼氏がいるみたいだった。


「彼氏に顔向けできんのかなぁ…?」
と心の奥にそっと閉まった。



「部屋片付けなくてごめんね。」

「別に大丈夫だよ!気をつけてなぁ!」

足早に三人は帰った。



毎回終盤に聞く事ができるこのセリフ!

お決まりのセリフ言うなら、片付けるそぶりくらいみせて欲しい。

そしたら俺だって…。

「片付けはいいからっ」

って、優しい言葉を発せられるのに。

ソファに転がりイビキをかく相棒に向かって、
「お姫様帰っちゃったぞぉ!」

と、そっと声をかけた。


男と女の酒飲みの後の行動は、酔った勢いのSEXか…。

男が自分の好みでなければ長居はしない。

逆に少しでも気に入れば、ガッチリ横をキープする。色んな法則のようなものまでみえてくる。



朝の日差しが眩しい中、目を覚ます。何か頭がぼっ〜とする。これもいつものごとく。
飲みすぎなのだ。


「やっべぇ!1限!早く起きろ!代出できねーぞ!」


相棒を叩き起こして、教科書も持たず大学に向かう。

第1講義室のドアノブに手を掛けると、鍵が掛かってた。

この講義は、少しでも遅れると教授がドアに鍵をかけるのだ。

「あーぁー。出席一回とんだぁ!お前、目覚まし止めたっぺよ!」


「だいたいお前が先に寝たんだから、早めに起きて、俺を起こすとか、そんな優しい気持ちおきねーかなぁ」と俺。

「うっせぇ!遅刻両成敗!」と相棒。

「何が両成敗。お前馬鹿じゃねーのぉ」

と、どこにでもある会話。

と、目の前を膝丈ぐらいの白いシフォンスカートに、赤いカーディガンの女性が通過する。

とっさに目をやった。

結構こんな格好した女性はタイプだ。


同じ学科なのか…。

でも、何処かで、あった気がする。

何しろ、うちの学科は全員で180人。一人一人観察しても追いつかない。

と、あれよあれよと考えてると。その女性の方から、声を掛けてもらった。

「あのぉ?この前はレジュメありがとうございました。見られるの恥ずかしかったから御礼も言わないで、ごめんなさい。」

と深々とお礼。

俺は呆然と立ち尽くした。会話の続きが見当たらない。突然にブラジルにつき落とされた気分だった。

私はだーれ?ここはどこ?というように。

やっとの思いで、口を開こうとすると、相棒が

「おい!何か喋れよ!御礼言ってっぞ!照れてんのか?」

と茶化す。


こんな場面に、相棒は絶対一緒に居て欲しくない。

「いや、いや。そんな事ないっすよ!何学科なんすか?」

「私?私福祉学科。あなたは?」

「あっ!俺もっす。今度またお会いしたらかまってやってください」
(何か日本語がおかしい)

「うん。こちらこそ宜しくね。私まりえって言います。あなたは?」

「ケイタって、言います」

「またね。」



何か新幹線か、風か、とてつもなく早くて大きな物が通り過ぎたような感覚だった。

こーして、君との季節が始まった。まだ金木犀は香らない。

(引用)

アーティスト:mーflo
楽曲名:COME AGAIN(12枚目シングル)