STORY6 相棒の危機
STORY6 相棒の危機
次の朝。
時計は7時を指していた。
寝起きのせいか、少しボッーとしながらタバコを吹かす。
寝癖は天井に向かってまっすぐに伸びている。
しかも、昨日あれ程の深酒をしたのにも関わらず、二日酔いには発展しなかった。
不思議だ…。
「そう言えば、昨日…。夢じゃねぇよなぁ…。いやっ!夢じゃねぇ!」
頬を軽く叩き、独り言をきっかけに我に返る。
ソファに転がっていた相棒の姿は既になかった。
携帯を手に取りメールBOXを確認する。
大学のグループ設定の欄に、二つのメッセージが記録されている。
一つは相棒から。
(俺先寝っちゃったわぁ…あの後どぉなったかわかんねーけど、大学で詳しく聞くから、ちゃんと大学に来いよ!お前の場合、嫌な事あっと、すぐ登校拒否するからなっ!笑)
メールを読みながら、少しにやけている自分がテーブルの鏡に反射する。
もう一つは、まりえからだった。
(昨日は色々ありがとねっ!ほんと嬉しかったよ!あんまり深酒は体によくないからね。大学一緒の車で行こうよ?私車出そうか?)
生涯で初めて一目惚れをした女性と、大恋愛の末に、カップル関係になり、同じ道のりを歩み出す。
こんなケースは、中学生、高校生でもあり得るシチュエーションだが、なぜか全く違う感情を覚えた。
親元を離れ、自分で生活設計をし、学業や独り暮らしを通して、一人前の大人に向かい、ひた走る男と女の
恋愛模様。
中学生、高校生との恋愛とは全く違う感情を覚えるのは言わずもがなだった。
俺はまりえをアパートまで迎えに行き、一緒に大学に行った。
国道468号線。
大学に通じるまっすぐな二車線の道路。本当に、思い出深い国道だ。
この先、色んな事が起きる国道…。
道は果てしなくまっすぐだ。
けど、坂が多くて、登ったり下ったり、これからのまりえと俺の人生を表す国道だ。
車内には、まだ初々しいカップルの会話。
「何か、不思議だね?不思議じゃない?今日からカップルだよ!今までも一緒にいること、多かったけどさぁー!あっ!そーだぁ!今日講義終わったら行っていい?」
と、少し興奮気味にまりえ。
「ぅん。ってか!前から俺のアパートには来てたんだも…断らなくてもいいじゃん!」
嬉しい気持ちを半分以上抑えて、そんな言葉がスゥッーと出た。
「カフェに行ったら、あいつらどんな反応すっかなぁ?」
「まぁ…普通でいいんじゃない?普通!普通が一番だよ!」
俺の大学は、関東でも同棲率が高い大学だった。
入学仕立てからそんな噂は聞いていたが、実際に、こんなにも早く同棲が経験できるとは思ってもいなかった。学生同棲から、結婚した場合とか、子供ができると授業料が半分になる制度も噂になってた。
実際は分からなかったが。
その日の講義は、二限からだったが、俺とまりえは、一限から大学に行き、カフェで勉強することにした。
カフェでカップル二人で勉強をしているのは、周りからの株が上がるような感じがあった。
要は
「この女性は、俺の女性だから、近づかないで下さい!二人をそっと見守っていて下さい!」
と注意喚起でもするかの様なニュアンスが悶々と醸し出されているのだ。
彼女がいない俺にとっては、羨ましさだけが一人歩きし、いつか自分もそんなシチュエーションに出くわしたい…。彼女と呼べる女性と二人きりで会話や勉強、ランチをしてみたい…。そう思っていたっけ…。
ただ…。
それが俺にも…。今日から現実化するのだ。
周りに対しての優越感、そしてこれから始まる二人の道のり、将来への希望、夢…。
心の中には、たくさんの光が乱舞していた。
カフェの隅の席に座ろうとした二人。
いち早く、俺とまりえを見つけた相棒が、
「おっ!カップルさーん!新婚さーん!」
相棒とレミだ。
「新婚じゃねーしっ!しかも、そんなデッケェ声で呼ぶなしっ!」
少し強めに反論する俺。
「いいじゃん!いいじゃん!てことは、まぢに付き合っちゃった?」
と相棒は、ニタニタ笑っている。
そんな茶化すやつらの言葉より、カズサの姿が気になり、周りを見渡す。
依然、カズサは俺達から遠ざかり続けるのか…。
「まりえぇ!ほんっと、おめでとう!お幸せにねぇ!えっ⁉︎でもいつから?いつから?」
レミとまりえは、両手を合わせながら、付き合った過程とかを、女の子同士の会話で盛り上がっていた。
スタスタスタ。
誰かが、走って近づいてくる。俺の背中にはヒシヒシと伝わってきた。
「おっはよぉー!なになに?この雰囲気?誰と誰がお幸せにって?」
カズサだ。
相棒が何気なく。
「まりえとケイタがおめでたぁ!」
「えー!そぉなんだ!メッチャハッピーじゃん!良かったね!まりえ!幸せにしてもらいなぁ!」
恐る恐るカズサの顔を見た。
まりえに祝福の言葉を贈るカズサの顔には、既に未練は消え去っていた。
笑顔で祝福の言葉…。
俺にも同じ顔だった。正直、胸を撫で下ろしたが、カズサに対しては謝罪の気持ちがいっぱいで、心の中で謝り続けた。
俺のせいで、友達の同士の絆を壊しかけた…。
「ケイタ!まぢでまりえを泣かせるようなマネしたら、友達やめっかんね!」
とカズサ。
「おっ、おぅ!」
呆気にとられ、何気なく返事をしてしまった。
数秒後、一連のやりとりをコンピューターの如く処理し、我に返った。
「本当に任せてくれ!」と、心の中に映し出される「実行」と言う名のエンターキーを強く押した。
相棒と喫煙所。
「でも、ほんと、よかったなっ!」
「いやぁ、お前には感謝してるよ!」
タバコの煙を一拭き。
「気づいてっと思うけど、昨日俺と話してっ時に、お前急に走り出して行ったから、俺途中で暇になって、ハーパー全部飲んじまったよ。わりぃなぁ。」
「いやぁ、まりえと付き合えただも、それに比べりゃ、ハーパーなんて安いもんでしょ?まぢで、サンキューなっ!」
「ちゃんとゴム買って帰れよ!」
「うっせぇ!分かってるし!」
「ところで、今日の夜よ、暇かぁ?」
「いや、わりぃなぁ。今日まりえ来る約束してたんだ。」
「あらっ!それはいーこと!なんかよぉ!このチラシ見てみぃ?」
「なんだこれっ?新手の合コンかぁ?」
「栃木県人会っていう飲み会あっから、お前もどぉかなぁって思ったんだけど。つーかお前はもぉ出会いはいらねーかぁ?」
と、笑う相棒。
「いや、何もなかったら、行きたかったけど、わりぃなぁ。」
「いーから!お前は新婚さん、味わってろ!」
何気ない会話がタバコのツマミになる時がある。
夕方。
まりえを乗せて、一度荷物を持ちにまりえのアパートに向かう。
近くのスーパーで買い出しをして、俺のアパートに到着。
スーパーでの買い物も、本当に新婚生活をしている様で、今までに感じた事の無い新鮮さを感じた。
今日は揚げ出し豆腐と、キノコの天ぷら、ほうれん草の胡麻和えを作った。
まりえは、油で天ぷらを揚げた経験が無く、油に衣を落とす度にはしゃいでたっけ。
夕ご飯をつまみつつ、軽くお酒を飲みながらホッコリする時間。
昨日の現実が嘘の様だ。
所持していた負のサプリメントは全て捨て去り、幸福のサプリメントだけを大切に保管したっけ。
まりえが恋愛ドラマを選曲する。
以前よりも集中できたし、少し面白いとも感じた。
兎にも角にも、好きな人と一緒だから楽しみや感動が、二倍にも三倍にも膨れ上がる事を実感できた。
「今日ね、相棒は栃木県人会ってやつで、飲み会なんだって。」と、俺。
「ヘぇ〜!そんなのあるんだぁ。逆に、都民会とか、福島県人会とかないのかなぁ?ケイタ主催したらぁ?出会いがあって楽しそうだしさぁ!」
「いやぁ!俺は行かなくていいよっ!てかっ!まりえがいるし!そんな酒飲みに参加した怒るでしょ?」
「なんでぇ?男との出会いだってあるでしょ?まぁ確かに女の子との出会いは、少し嫌だけどねぇ。てかっ!浮気した怒るけどねっ!!!」
「分かってるよっ!」
少し苦笑いする俺。
そんな、会話一時間くらいしていたっけ。
午後22時。
携帯に着信。
相棒からだった。
弱々しく、覇気もない、いつもの相棒の声ではなかった。
「なんだお前、酔っ払いかぁ?」
「いや、恥ずかしながらよぉ…飲み会中に土木関係の奴らに絡まれてボコボコになっちまった。ちと、歩くのきついからよー!もし、お前酒飲んでなかったら、迎えだけでも、来てくんねーかぁ?」
声にもならない力無い声だった。
「いや、軽く飲んじまった。つーか、お前、どこで飲み会だ?」
「いや、そんなら大丈夫だぁ!お前はまりえがいるんだから、絶対来っことねーから!」
「いいから、どこか言えって!」
「焼き鳥け……」
そこまでしか聞こえなかったが、なんとなく場所は分かった。
携帯が切れた。
「俺ちょっと行ってくるわ!まりえ待っててなっ!鍵は余計な時、安易に開けんなよ!」
と、アパートを飛び出す俺に
「怪我だけはしないでね。」
と、玄関先まで身を乗り出すまりえ。
相棒を心配し、走り続ける事五分。
相棒が言いかけた焼き鳥屋に着いた。
何人か駐車場に野次馬が居た。他にも、怪我をしてる男が数人座り込んでいた。
俺が通ってた大学は田舎町だったが故、よそ者の若い学生が移り住んで来て、適当に女の子たちと、楽しく飲んでるのが気にくわないチンピラが多かったのだ。
だが…。もし逆の立場で考えると、わからなくもない…。
店内に入ると、相棒が目の周辺を腫らせて、通路に座り込んでいた。
「ケイタ、お前来るなって言ったろぉ!」
「お前っ!あの電話の状況で来なかったら、ぜってぇっ!友達辞めんべよっ!」
「まーぢで、不甲斐ねぇ!康太っていう奴と押し問答したんだけどよ…あいつら強すぎだって…。」
「お前大学入ってまで、何してんだよぉ…大丈夫かぁ!?お前っ!高校生じゃねーんだからよ!んで、康太ってやつは?」
「多分、裏の駐車場で、まだやってる。なんか、これ以上店内でやってると、他の奴まで巻き込んじまうって、さっき出てったわぁ…。」
「つーかよ!これ、既に相当巻き込んでると思うけど…。」
店内の一部の席は、四方八方に転がり、食器やグラスは床に落ち割れていた。
「あーぁー…。これ相当やったなぁ…。大学にバレないといいけど…。」
裏の駐車場に回ると、康太が三人の男達に袋叩きにされていた。
「おらーっ!てめぇー!勘違いしてんじゃねーぞぉー!」
康太は、腹部周辺に蹴りを何発も入れられ、顔面もボコボコになっていた。
俺はこの場を終息させようとすかさず謝りにでた。
「ほんと、すいませんでした。もぅ勘弁してやってください。」
「なんだ!おめぇ!さっき見ねぇかった奴だなぁ?!」
「俺が、やってんだから、手だすなよ!」
と康太。
「違ぇよっ!!お前の為もあるけど、俺の相棒もボコボコだし、ぜってぇっ!警察呼ばれるって!お前大学捨てるつもりがよっ!」
と俺。
「なーんだ、お前あいつのツレかぁ?んじゃぁ、お前にも、一発だ!オラっ!調子のってんじゃねーぞっ!コラッ!」
俺も数発、そこ男達に殴られた。
すると、道路側からパトカー。
男達は慌てるかのように、田んぼ道に散り去った。
「だいじょぶかぁ?派手にやられたみたいだなぁ?救急車よぶか?」
と、精悍(セイカン)な顔つきの巡査。
康太は、安心したのか、砂利道に横たわった。
救急車一台をチャーターしてもらい、相棒の所に駆け寄る。
「終わったかぁ?なんだ、お前鼻血でてっぞぉ!きったねぇ。」
と、相棒はボコボコの顔で笑った。
「お前っ!お前!まーぢでうるせーから!大学にバレねーといーけどなぁ!謹慎モンだぞっ!これっ!」
「あー…。そんなの覚悟してるって…。」
タクシーを呼び、相棒を俺のアパートに、連れて帰った。
相棒の手を俺の肩に回しかけ、アパートのベルを鳴らす。
「まりえちゃん、ゴメン。ケイタ少し巻き込んじまった。」
「うーうん。皆無事ならよかったからぁ」
半ば半ベソでまりえ。
鼻血を綺麗に洗い流し、顔に絆創膏を数枚貼った。
相棒は男のくせに、消毒にいつまでも悶絶していた。
「しかし、あの康太ってやつ、根もいいし、優しいし、もてるし、喧嘩は強いし、何よりまぢでいい奴!」
と相棒。
「んで、どこ学科なの?見たことねー奴だっからよ!」
「心理学科らしぃ。明日見舞い行ってやんべよ!ウチの系列病院だとは思うから。」
「てか、それより心配してたんだからね。ずっと、携帯は出ないし、帰ってこないし。」
と、まりえ。
「ほらっ!まりえちゃん怒ってんぞぉ?ちゃんと、謝れよっ!」
と、相棒。
「まりえ、ほんと心配かけっちまったなぁ…。ゴメン!」
「もぉ……。バッカじゃないの!付き合って2日で、こんな事件に遭遇するって…もう!心配で心配でしょうがないよ!」
次の日の午前中、相棒と俺で病院に行った。
受け付けで、病棟を聞いてエレベーターをあがる。
病室に入ると、アグラをかいて、腕組み状態の康太。
顔中、止血用のガーゼだらけだった。
「おっ!お疲れぇ!大丈夫そぉじゃん!あっ!こいつ、昨日最後に来た、ケイタ。」
「宜しくなぁ!でも、だいじょぶがよ?その傷?」
「いやぁ!昨日は派手にやられっちまった。酒飲んでたから、体鈍ってたんかなぁ。わりぃなぁ。わざわざ見舞いとか。明後日には退院して、大学行くから、そん時は宜しくなぁ!」
昨晩会った瞬間から、康太にも相棒と同じような運命を感じていた。
男同士、何と無くの空気やニュアンスで、こいつとは一緒にやっていけると感じる瞬間がある。
相棒が喫煙所に立った時、康太ともたくさんの男同士の会話ができたっけ。
「昨日はありがとなっ!大学では、一匹狼でいようかと思ったけど、お前の相棒もいい奴だし、お前ともうまくやってけそうな気がすんだ。」
「いやいやっ!こちらこそ宜しくだぁ!」
「そーいや!お前の相棒、俺をかばって何発殴られたかわかんねーぞ!お前のことも、飲み会中に、何回も話題に出してたしよ!」
「あいつバカだからなぁ!でも、そんなもんで終わってよかったんじゃねぇ?」
「まぁなぁ…。昨日、ケイタとは、あんな状態で初対面しちゃったけど、想像通りの奴だったわぁ。明後日には大学行くから、仲間入れてくれよなっ!よろしくぅ!」
「おぅ!こちらこそなっ!とりあえず、早く傷治して!戻って来たら、飲もうーぜ!」
「おぅっ!それいいねっ!いろいろありがとなっ!」
ガーゼの下から少し見える、腫れた目がうるんでいたような気がした。
相棒と康太、俺。
男三人の友情物語が始まりを告げた瞬間だった。